根戸の歩哨所(昔の写真)

市民の方から写真が送られてきました
◆「歩哨所の保存」については、この下の別記事にまとめています。 

9月9日の朝日新聞ちば版に柏市根戸の「高射砲第2連隊の歩哨所」の記事が掲載され、それをご覧になった市民の方から、昔の歩哨所の写真が送られてきました。「あの歩哨所は通るたびに気になって、確か写真に撮ったと思い出しました」と手紙には書かれています。
 ありがとうございました。懐かしく感じられる方も多いと思いますので、紹介させていただきます。(2012.9.21事務局)

1)一番古い写真。何年ごろでしょうか
歩哨所1-2(ブログ)
▲現在の県道方面から撮られています

歩哨所1-1(ブログ)
▲歩哨所も撮影されています

2)上の写真から、かなり時間は経過しているようですが、区画整理がまだ実施されていない時代です
歩哨所2-1(ブログ)
▲「手前左側は、現在セブンイレブン」とのこと。看板には「交通安全宣言地区」の文字が見えます。正面にはヒマラヤスギ

歩哨所2-3(ブログ)

むかしの歩哨所
▲「いつの間にか、フェンスが出来て、(歩哨所の)中が見えなくなりました」

歩哨所2-2(ブログ)

3)児童公園に移設された正門
歩哨所3-1(ブログ)

歩哨所3-2(ブログ)
▲手前の看板が壊されています。それを写真に撮られた方のお気持ちも一緒に掲載します

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高射砲第2連隊の歩哨所などの保存を

 太平洋戦争中、富勢村根戸(現柏市根戸)にあった高射砲第二連隊の遺物が廃棄されそうになっています。高射砲第2連隊は、防空飛行隊とともに帝都防空の任を負った部隊で、正門一対が根戸高野台の公園に移設されています。その他の遺構・遺物の多くはなくなってしまいましたが、数十年前に歩哨所・側門・馬繋索など、土木会社の空き地に放置されていたものを関係者が引き取り、個人で保存されてきました。
 しかし一昨年、その関係者が亡くなったため、遺物を廃棄せざるを得ない状況になりました。
 当会役員会で、歩哨所などを移設・保存できないかを話し合い、役員を中心に保存に取り組むことに決まりました。
(高射砲第2連隊については、写真下をご参照ください)

この歩哨所保存について、9月9日の朝日新聞ちば版で紹介されました

歩哨所(ブログ用)
▲歩哨所(コンクリート製。高さ:基礎部分も含め、約3メートル50センチ、幅・奥行:1メートル65センチ、窓:縦23センチ、横27センチ。窓は内側床面から約1メートル40~60センチの位置に設けられている)

側門(ブログ用)
▲側門

高射砲第2連隊(東部七七部隊、近衛師団所属)
 昭和12年10月、野戦重砲兵第8連隊を母体として市川市国府台に新設され、翌年11月東葛飾郡富勢村根戸(現柏市)に移動した。太平洋戦争勃発直前の16年11月、連隊本部を始め主力は東京世田谷に移動(この際、防空第2連隊と名称変更)。さらに、19年4月、再度名称変更を行い高射砲第112連隊となった(終戦時の本部は祖師谷)。
 根戸には、高射砲第2連隊の補充隊(補充隊と称したかは不明)が残ったが、18年にはすべての高射砲補充部隊は解散。その任務は関係防空部隊き下(指揮下)の改編(新編)部隊に継承された。
 高射砲第2連隊は、陣地を固定した部隊ではなく(固定陣地もあっただろうが)、いすずやフォード等の大型トラックで高射砲を牽引した機動性のある部隊。日本陸軍では珍しい機械化部隊のひとつであったと言えよう。
※根戸の連隊跡地には留守近衛第2師団の歩兵および工兵の補充隊が入ったが、これらの部隊は、20年に東京師管区歩兵第2補充隊(東部83部隊)と東京師管区近衛工兵補充隊(東部14部隊)と名称を変更。
※終戦時柏には第111高射砲連隊(終戦時の本部は埼玉県安行村)第1大隊の第4中隊が配置されていた。中隊なので、規模はあまり大きくなかったと考えられる。   ( H.K.)

 先日、会では高野台町会の役員の方々にお集まりいただき、昔のお話と、ご存知の連隊関係遺跡・遺物を案内いただき、境界杭・防空壕跡ほかを確認しました。詳しくは別記事でご報告いたします。
(2012.9.1)

根戸の調査報告Ⅰ

 8月27日(月)の午前中に有志のメンバーで根戸高野台にかつて存在した高射砲連隊跡を高野台町会役員皆様の案内で探索しました。集合場所は、当時使われていた建物で残っている数少ない建物である馬糧庫。ここは戦後、消防署の分署として使用され、現在は町会の集会所として使われているコンクリート製の建物です。ここの二階で、戦後しばらくして住人となられた方々から昔話を伺った後、現地を見て回りました。
 高射砲跡地は、戦後海外から帰国された方に入植地としても使われ、その後は宅地が整備され市営住宅や官舎が建てられました。昭和40年前後に多くの住民が移り住んだということでした。集まってくださった方々も、子供の頃を思い出を話してくださいました。子供の頃、防空壕にまだ入れたこと、跡地にはまだ4本の高い鉄塔(これを目標にして高射砲の訓練が行われたらしい)が残っていた、馬頭観音が多かったこと(軍馬の慰霊のためか)など、色々な話が出ました。
 ご案内いただいたのは、この建物の屋上、根戸台地の西斜面の陸軍境界杭、防空壕と思われる場所、それに当時の柏陸軍病院で使われていた家屋があった場所などです。
 当然のことですが、高射砲連隊が存在したころの様子については、もはや80歳以上の方でないとご存知ないかもしれません。そういう点で、周辺の地区に古くからお住まいの方からの聞き書きが掲載されている柏市富勢地域ふるさと協議会のホームページも紹介していただきました。興味のある方は、覗いてみてください。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~furusatotomise/J0500.htm

 なお高射砲連隊関係の遺物については、かつて柏市教育委員会編『教育資料 平和へのねがい(増補版)』(同会、昭和63年)にはかなりたくさん載っていたのですが、その多くが失われたことについても考えさせられました。
45-1_convert.jpg
▲『平和へのねがい』45頁に掲載されている陸軍境界石
(2012.9.1)

根戸の調査報告Ⅱ

 8月27日に高野台町会役員の皆様に、地元で戦時の遺構と言われている場所を案内していただきました。そのあと9月7日と14日で、聞き取りや学校の記念誌等の確認、遺構・遺物の計測を実施しました。
 まだ調査は進行中ですが、現時点で戦時に関係する遺構・遺物としては①馬糧庫、②境界杭、③防空壕跡が挙げられます。高野台にあった軍施設については『平和へのねがい(増補版)―昭和63年1月―』(柏市教育委員会)と『歴史アルバムかしわ―昭和59年11月―』(柏市)にそれぞれ略図が掲載されています。戦後の空中写真と比較すると『歴史アルバムかしわ』の方が建物の位置関係は正確である一方、『平和へのねがい』の図には施設が多く書き込まれています。この2枚をもとに調査した報告は、まとめるのにもう少し時間がかかりそうですが、何らかの形でご報告しようと思います。
なお、9月15日時点で、高野台町会役員・根戸周辺在住の方々計12人を始め、富勢中学校等のご協力をいただいています。厚くお礼を申し上げます。
  (2012.9.15 J.U.)
1)馬糧庫
馬糧庫1(ブログ用)
馬糧庫2(ブログ用)

◆馬糧庫の屋上にある2つの逆L字型の柱は「クレーンのようなものだったのでは」と多くの人が推測されています。何を屋上に吊り上げたか。馬糧庫と言われていますので、可能性の高いのは馬糧です。では、どのようにして、また何故屋上まで上げる必要があったのか。地元の方の聞き取りを進めるうちに、建物の構造が現在と異なっていたことがわかってきました。
 後日、「根戸の現地調査Ⅲ」にまとめます。

2)陸軍境界杭(6本、9月14日現在)
境界杭
杭の大きさはまちまちで、地上部分で約33・30・73・48・36・60センチ。

3)防空壕跡
防空壕1(ブログ用)

防空壕2(ブログ用)
◆小規模な防空壕跡がほとんどですが、この壕(下の写真)はかなり大きなものです。地元の方(大正14年生、昭和20年1月まで高野台周辺で生活)のお話では、「台地西側斜面の防空壕は兵隊がつくったもの。当時このあたりの民間の人は、自宅敷地内につくりました」。この壕は台地の端を掘り込んだ三日月型で、現在でも開口部は約18メートル、奥行きは14メートルありました。なお、防空壕の穴は現在埋め戻されています。

柏市内・周辺の戦時の情報を募集

太平洋戦争(第二次世界大戦)に関連する、
柏市内・周辺の情報を集めています


1)現在残っている、戦争に関連する建物・壕・土手・石碑など
2)柏市および柏市周辺での勤労動員、市内部隊での兵役を経験された方
3)戦前~戦後の、この地域の様子を話していただける方や、この地域で撮られた写真・関係資料をお持ちの方
※その他、柏飛行場跡地の開墾、昭和20年代の記録も集めています。

当会で2009年から陸軍・柏飛行場周辺の調査を始めたところ、掩体壕(えんたいごう)・秋水地下燃料庫・弾薬庫など、十数カ所の遺跡が次々とみつかりました。戦争の跡が完全になくなる前に早急に調査し、また当時のこの地域を知る方々から聞き取りを行い、記録をまとめていきたいと活動しています。
  上記1~3および※印の情報を、収集しておりますので、ご協力いただける方は事務局までご一報ください。

今回の「情報募集」事業が、6月23日の朝日新聞ちば版で紹介されました
                              (2012.6.25 事務局)





情報募集(ブログ)

新聞等掲載一覧

◆新聞・雑誌等で紹介 
2009年7月の会設立以来、以下のとおり、多くの新聞や冊子でご紹介いただきました。なお、会イベントの案内記事については割愛しています。
2009年
【10月6日】
東京新聞に「掩体壕の調査・保存要望」の記事掲載
【10月20日】
千葉日報に「掩体壕の調査・保存要望」の記事掲載
2010年
【7月28日】読売新聞に「秋水燃料庫発見」の記事掲載
【7月28日】千葉テレビで「秋水燃料庫発見」のニュース放映
【7月31日】朝日新聞に「秋水燃料庫発見」の記事掲載
【8月7日】 毎日新聞に「秋水燃料庫発見」の記事掲載
【8月10日】しんぶん赤旗に「秋水燃料庫発見&見学会」の記事掲載
【8月11日】産経新聞に「秋水燃料庫発見」の記事掲載
【9月20日】朝日れすかに「秋水燃料庫発見&見学会」の記事掲載
【10月】 『歴史群像』に「秋水燃料庫発見」の記事掲載
2011年
【9月30日】『こんぶくろ自然博物公園ハンドブック』の「歴史遺産」の章に野馬土手と柏飛行場について寄稿
2012年
【4月】  柏市民活動センター広報誌「かしわん、ぽっ?」に研究会の記事掲載
【6月23日】 朝日新聞に「戦時の情報募集」の記事掲載
【9月】 「千葉県 民が民を支える仕組み構築モデル事業」の冊子「ちばのWA!東葛本舗」で紹介
【9月9日】 朝日新聞に「高射砲第2連隊の歩哨所の保存」についての記事掲載
【12月28日】朝日新聞に「高射砲第2連隊の歩哨所移設」の記事掲載
2013年
【1月】常総生協の組合報に、2012年11月に開催した歩く会「幻の戦闘機『秋水』を訪ねて」の報告が掲載
【6月25日】朝日新聞に「掩体壕2基保存へ」の記事掲載(掩体壕整備)
【9月20日】朝日新聞に講演会「鮮魚街道余話」の史跡について記事掲載
【9月23日】読売新聞に講演会「鮮魚街道余話」について記事掲載
2014年
【1月29日】朝日新聞にガイドマップ&シンポジウムについて記事掲載
【4月13日】「ぬくぬく」にガイドマップについての記事掲載
【11月8日】毎日新聞に「秋水燃料庫見学会」の記事掲載
【11月8日】朝日新聞に「秋水燃料庫見学会&要望書」の記事掲載
【11月9日】読売新聞に「秋水燃料庫見学会&要望書」の記事掲載
【11月13日】東京新聞に「要望書」の記事掲載
2015年
【5月11日】 朝日新聞に講演会の記事掲載
【5月11日】 毎日新聞に講演会・本出版の記事掲載
【5月17日】 讀賣新聞に「柏の戦争遺跡~点在する『軍郷』の歴史~」の記事掲載
【5月18日】 東京新聞に講演会・本出版の記事掲載
【5月22日】千葉日報に講演会・本出版の記事掲載
【6月6日】朝日新聞に本出版の記事掲載
【7月25日】日本農業新聞に[残影 戦後70年 4]埋もれた死守の決意」の記事掲載
【8月】千葉テレビ「平和語る軍郷柏の戦争遺跡」放映
【11月13日】柏市民新聞に「高射砲連隊・訓練棟の特別公開」の記事掲載
【11月18日】朝日新聞に「高射砲連隊・訓練棟の特別公開」の記事掲載
【11月20日】毎日新聞に「高射砲連隊・訓練棟の特別公開」の記事掲載
【11月25日】讀賣新聞に「高射砲連隊・訓練棟の特別公開」の記事掲載
【11月29日】讀賣新聞に「柏の旧消防署分署 公開で賑わう」の記事掲載
2016年
【5月9日】千葉テレビニュースで「スマホ用アプリ『柏ウォーク』」を紹介
【5月25日】毎日新聞に「スマホ用アプリ『柏ウォーク』」の記事掲載
※柏ウオーク=東京大学空間情報科学研究センター(概念デザイン・
ソフトウェア開発)、当会(概念デザイン・コンテンツ開発管理・実用化検証)
【9月1日】朝日新聞に、柏の葉地域の秋水燃料庫の保存についての記事掲載
【9月3日】千葉新聞に、柏の葉地域の秋水燃料庫の保存についての記事掲載
【10月21日】NHKニュースで「秋水燃料庫の調査」について放映
【10月25日】NHKニュースで「高射砲連隊・訓練棟」について放映
【11月5日】朝日新聞に,、「訓練棟公開」についての記事掲載
【11月6日】NHKニュースで「高射砲連隊・訓練棟特別公開」について放映
2017年
【7月28日】NHK朝のニュース(首都圏ネットワーク)で花野井燃料庫について放映
【8月9日】東京新聞に「燃料庫調査結果報告書と講演会」の記事掲載
【8月10日】朝日新聞に「燃料庫調査結果報告書と講演会」の記事掲載
【8月14 日】毎日新聞に「燃料庫調査結果報告書」の記事掲載
【8月16 日】読売新聞に「燃料庫調査結果報告書」の記事掲載

☆柏市民活動センター広報誌「かしわん、ぽっ?」、新松戸のタウン誌「月刊新松戸」、松葉町の情報紙「BE-COM」、株式会社サトウ「ぬくぬく」でも、紹介していただいています。

◆行事の共催・後援
2010年
【4月25日】柏市教育委員会の後援。
講演会「小金牧の開墾―碑を建てる人々」「柏の近現代と地域史研究」
(講演会会場として、旧吉田家住宅をお借りしました)
【10月30日】柏市、柏市教育委員会の後援。
講演会「柏飛行場と秋水―歴史と自然を活かした”まち”を目指して―」
2012年
【6月10日】 柏市教育委員会と共催
講演会「手賀沼流域に生きる―戦国から現代まで―」
【11月10日】柏市教育委員会と共催
「手賀沼干拓を歩く」
【12月18日】
高射砲第2連隊・歩哨所の移設のための寄付金20万円を、柏市に寄贈
2013年
【5月18日】柏市教育委員会の後援
講演会「近世房総の街道―柏地域を中心に―」
【2013年4月~2014年3月】柏市補助金20万円を交付
シンポジウム開催・ガイドマップ作成・柏飛行場位置図のパネル作成の3事業を実施
2014年
【11月22日】柏市教育委員会の後援
秋水燃料庫の見学会
2015年
【5月23日】柏市、柏市教育委員会の後援
講演会「高射砲連隊跡地、『馬糧庫』の謎」
【11月28日】首都圏形成史研究会との共催
柏北部の戦争遺跡巡り&ミニシンポジウム
【11月28日】
「高射砲第2連隊・訓練棟 特別公開」
高野台町会との共催、柏市教育委員会の協力
柏北部の戦争遺跡巡り&ミニシンポジウム
2016年
【1~5月】「スマホ用アプリ『柏ウォーク』」開発に協力
東京大学空間情報科学研究センター(概念デザイン・ソフトウェア開発)、
当会(概念デザイン・コンテンツ開発管理・実用化検証)
【11月5日・6日】「高射砲第2連隊・訓練棟 特別公開」
高野台町会との共催、柏市教育委員会の協力
【11月22~25日】 花野井の秋水燃料庫調査
柏市教育委員会協力
2017年
【2017年度】 パルシステム千葉NPO助成基金の助成金30万円を交付
【5月25日、6月6日~25日】 花野井の秋水燃料庫調査2
柏市教育委員会協力
【8月12日】[~柏の戦争遺跡報告~帝都防空の要」
柏市教育委員会協力


会報2号を発行

会報2号を8月20日、発行しました。全12ぺ―ジ。
・盗難に遭った石原常八の彫刻~花野井・香取神社~…表紙
・本会を動かして来たもの…2P
・柏飛行場に関する聞き取りを開始―軍用路線(軽便鉄道)の敷設・運用も確認―…3P
・中峠(なかびょう)物語…4・5P
・手賀沼絵図/手賀沼絵図の実測結果について…6・7ページ
・宝永元年(1704)漁業権争いに使われた絵図は江戸時代の手賀沼新田絵図だった…8・9ページ
・戸張遺跡群で考えたこと…10・11ページ
・柏市根戸の高射砲第2連隊・歩哨所などの保存を/柏市内・周辺の戦時の情報を募集/活動記録/入会案内

会報2号表紙(ブログ用)
会報2号2P(ブログ)
会報2号3P(ブログ)
会報2号4P(ブログ)
会報2号5P(ブログ)
会報2号6P(ブログ)
会報2号7P(ブログ)
会報2号8P(ブログ)
会報2号9P(ブログ)
会報2号10P(ブログ)
会報2号11P(ブログ)
会報2号12P(ブログ)



(2012.9)

会報創刊号

会報創刊号(平成23年9月15日発行)

・大町桂月「大正13年の書簡より」…表紙
・手賀の歴史を考える会(手賀の湖と台地の歴史を考える会)の趣旨と設立の経緯…2P
・小金牧(十余二)、上野牧(豊四季)の略図について…3P
・青山のひとりごと①―歴史の会を立ち上げるということ―…4、5P
・旧柏ゴルフ倶楽部内の秋水用燃料庫はいかにして確認されたか…6、7P
・ご案内/柏飛行場位置図…8P
会報1号表紙(ブログ用)


会報1号2p

会報1号3P

会報1号4P

会報1号5P

会報1号6P

会報1号7P

会報1号8P

(事務局)
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teganoumi

Author:teganoumi
当会はボランティアで運営しております。メール問い合わせには数日いただく場合がございます。
メールはkashiwa.rekishi.club*gmail.comまで、*を@に変えて送信願います。

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