イベント案内 「大井村の歴史散歩」

大井村の歴史散歩

 柏市大井(旧沼南町)の史跡を巡るイベントを、次のとおり開催します。なお、予約は不要です。

【日時】  11月8日(日)午前9時30分~午後3時
【集合場所】  福満寺(柏市大井1708 )、駐車場あり
※バスの場合は、東武バスのバス停「大井」で下車し、徒歩10分。バスは柏駅東口4番乗り場から発車します。柏駅発9時までのバスにご乗車ください。
【参加費ほか】 500円(会員200円)。昼食は各自持参(屋外のため、シートなど必要な方はご持参ください)。
※雨天中止。中止の場合は、当日午前7時過ぎにこのブログでお知らせします。

◆◆ルート◆◆
福満寺(レクチャー:大井村の歴史概観)、境内散策―→(東山遺跡)―→(古道を散策)―→車ノ前五輪塔―→阿弥陀様板碑―→船戸古墳群(昼食)―→箕輪城址(解散Ⅰ)―→柏市沼南庁舎(解散Ⅱ)   
※福満寺でのレクチャー:当会副代表・中村勝(柏市史編纂委員)
※歴史散歩は箕輪城址で終わりですが、バス停に近い柏市沼南庁舎までご案内します。沼南庁舎での解散時間は、午後3時30分を予定しています。

◆◆各史跡について◆◆
◎福満寺 天台宗。手賀沼からの小さな谷津頭に位置し、境内の弁天池や鏡の井戸など、涌水が豊富に湧く場所に建つ寺院です。旧薬師堂の棟札には承和11年(844)11月8日の年記があり、「南相馬庄大井郷別当福満寺」と記されています。古い村落の起源をさぐるには、この古刹は欠かせない研究対象となります。
◎車ノ前五輪塔と阿弥陀様板碑  大井には、この地域ではかなり目立つ、中世の大きな石造物が2点存在します。利根川流域は石を産出しない地域。この財力は何だったのでしょうか。
◎船戸古墳群  古墳造りが大流行した古墳時代後期ですが、その様相のわかる古墳群は、東葛地域にはほとんど残っていません。この古墳群はもっとも密集している中心部あたりが残っています。約20基あり、貴重な景観が見られます。
◎箕輪城址  戦国時代末期の城。隣接する病院建設以前は、4つの曲輪が残っていました。現在は半分ほどになりましたが、中世城郭の構造を知る、教科書のような城だと言われています。

その他開催予定のイベント―12月13日(日)―
 どなたでも参加可能です。当日、直接会場にお出でいただいても結構ですが、資料の関係もありますので、できるだけ事前に「参加」のご連絡をいただきたくお願いします。
◎研究会「柏周辺の軍事遺跡について」 午後3時~
◎定例会議 午後2時~
◎忘年会 午後5時~
※いずれもカルチャー&ギャラリー花野井坂(柏市松葉町6-8-1)


(10月30日更新、事務局)
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要望書(柏市長、教育長宛て)

                                 2009年10月5日

柏市長   本多 晃 様 


旧柏飛行場掩体壕等戦跡、及び現代史関係調査の要望書

               手賀の湖(うみ)と台地の歴史を考える会
                              代表 上山和雄

 太平洋戦争終戦後64年がたち、戦争の惨禍を知る人々も少なくなってきました。日本国民やアジア各国の人々に大きな打撃を与えた戦争の経験を風化させないため、自治体、民間団体のレベルにおいて、様々な取り組みが行われています。こうした各地の動きを踏まえ、文化庁記念物課は「近代の遺跡調査」の中に「戦跡」の調査を加え、1996年度以降「近代遺跡の全国調査」を実施し、その中には544件の戦争遺跡が含まれています。そして現在では、国・自治体が指定・登録する近代の戦争関係の遺跡・文化財は、合計157件に及んでいます。また2002年度以降、重要な戦跡遺跡のうち50件が詳細調査の対象とされ、近いうちにその報告が公表される予定です。
 各自治体では、調査を進めると同時に、散策路などを整備して市民や観光客が遺跡に触れつつ自然に親しむ取り組み、あるいは平和教育の重要な教材とする取り組みなども行っています。

 柏市花野井・大室に、有人ロケット機「秋水」の燃料貯蔵庫の遺跡が残されていることは、地元の人々にはよく知られています。しかし柏市がかつて軍都・軍郷とも言われて、帝都防衛の重要拠点に位置づけられ、市域全体が本土決戦の兵営とまでなりつつあったことを知る市民は、ますます少なくなりつつあります。

 今春、当会がこんぶくろ池から「秋水」燃料庫までの見学会・巡見(柏の葉~花野井)を行った際、旧柏ゴルフ倶楽部内の小高い部分が、陸軍機の掩体壕だったのではないかという話題になりました。その後、戦後直後の米軍の空中写真や文献を集めて現況と比較し、掩体壕と思われるいくつかの遺構を、柏の葉周辺で確認することができました。当時の写真や百里基地を調査した茨城県小美玉市の報告書などと照合しても、掩体壕であることは間違いないと思われます。一方、東葛地区に存在した松戸飛行場(現、陸上自衛隊松戸駐屯地、松飛台の住宅地・工業団地他)や藤ヶ谷飛行場(現、海上自衛隊下総基地)周辺では、松戸市五香西に掩体壕の基部が一カ所残っているのみで、その他の掩体壕の残存は確認されておりません。鎌ヶ谷市初富に10年前までほぼ完全に残っていた掩体壕も消失し、ほとんど未調査のまま遺構が失われているのが現状です。
 豊四季駅までの軍用道路の起点であった柏飛行場営門、航空廠柏分廠跡、掩体壕、「秋水」燃料庫といった、柏の葉周辺の複数の遺構は、東葛全体としても貴重なものと言えます。  

 十余二の柏通信所跡地の返還やつくばエクスプレスの開通によって、柏北部の姿は一変しつつあります。戦後の柏市は東京の衛星都市、ベッドタウンとして、また国道六号線、十六号線がクロスする地の利などにより、商業都市として目覚ましい発展を遂げました。その背後には柏北部への工場立地などがあったことは言うまでもありません。柏という土地が常磐炭鉱・日立地方と東京を結ぶ地点にあったことによる日立資本の進出、筑波学園都市と東京の中間地域に位置していることも大きく影響しています。このような東京郊外における柏という地域の特性を考えるとき、戦時期における柏の役割との連続性を考えざるを得ません。

 柏飛行場の存在や、帝都防衛の重要拠点だった柏の役割をうかがわせる遺跡は急速に失われつつあります。確認できる掩体壕のうち、かつての形状を残しているのはごく少数となっています。開発ですべてが消滅する以前に、残された数少ない遺跡である掩体壕の調査の実施と、残すことの可能な部分は柏の重要な歴史の一部として保存し、次代の市民に伝えていただきたくお願いするものです。前述した小美玉市の調査では、米軍の掃射による弾丸などが掘り出され、戦争中の爆撃を裏付けることとなりました。さらに掩体壕のみでなく、柏が戦時期にどのように位置づけられていたのかを明らかにするという視点をもって、飛行場や憲兵分遣所などその他の軍施設の遺跡を全体として捉えた調査もお願いしたいと存じます。

 言うまでもなく柏は、戦後高度成長期に最も大きな歴史的変化を遂げました。戦時から苦難の時期の昭和20年代に活動した人々は一線を退かれています。あと10年たてば、この時期を語る方々はごく少数になるものと思われます。まさに今、戦時期、復興期、高度成長期の柏の歩み、すなわち、柏が戦争にどのように組み込まれたのか、戦後の開拓の進展、人口過密への対処、首都圏整備法以降の衛星都市としての発展といった現代的な問題を射程に入れ、オーラルヒストリーをも組み込んだ調査と資料収集を開始されることを切に要望します。このことは、今を生きる私たちの、次代の柏に生きる人々に対する歴史的な責務であると考えます。


                                    以上

今後の予定

◆柏市大井(旧沼南町)の歴史散歩
1)11月8日(日)午前9時30分~午後3時
2)集合:柏市大井福満寺(大井1708) 
※駐車場あり。バスの情報は後日
3)ルート:大井を中心に(詳細は後日)
4)参加費:会員200円、会員外500円
5)雨天中止、昼食は各自持参

◆定例会議&研究会&忘年会
1)12月13日(日)、時間・場所は未定 
2)スケジュール
①会議&研究会 午後2時~5時 
研究会・第1回目テーマ:「柏周辺の軍事遺跡について」
②忘年会:午後5時~※場所は柏駅周辺。詳細は後日。

(2009・10・5 事務局)

趣旨文

【趣旨文】

 手賀沼が、人の心の汚れを引き受けてから、早半世紀、
全国ワースト1の汚名は辛うじて免れているが、汚れの本質は変わらない。
豊かな手賀沼はいたいけな姿をさらしながらも、綺羅星のような歴史の遺産を周囲に散りばめ、なお人々を癒し続けてくれている。

 第4氷河期が終わり氷床も溶け、手賀沼地域は遠浅の海となって、そのまま栃木辺りまで続いていた。縄文の人々は数千年の時を自然の豊かさの中で暮らし、多くの遺物を残し消えていった。
 気候の変動と共に潮は後退し、手賀沼地域は潮の西の外れとなる。いわゆる香取の海の西端を担いながら、時代は弥生から古墳時代に入り、古墳を始めとした多くの遺構を残してくれた。
 歴史は下り、製鉄遺跡が出現し、東海道も大和からこの地域を通り、石岡へと続いていた。もちろん陸上ばかりではなく、古代の大量輸送の手段である水上交通も盛んで、多くの人や物が香取の海を往き来した。
 中世に現れた、主なき巨大な町とも考えられる北柏の法華房は、時代は前後するものの相馬御厨と共に、この地域の豊かさを表す象徴的遺跡である。また、箕輪城を始めとする中世の城も手賀沼地域に特に多く築かれ、幾つも現存する。
 手賀沼の美しさを最後に語るのは、我孫子の白樺派の人々。武者小路実篤、志賀直哉、バーナード・リーチ、浜田庄司、そして彼らを迎えた柳宗悦、北の鎌倉と称されるゆえんでもある。

 しかし現在、数千年の歴史を持つ美しい沼は、20世紀の人間の傲慢さと愚かさによる地球そのものの破壊の流れの中で、美しさを失ってしまった。ただその中で、開発されてしまった柏や我孫子に比べ、旧沼南地域はまだ豊かな森を残し、歴史を眠らせている。わずかに残された森を残すことは、ある意味人間の懺悔であり、鎮魂でもある。そして、傲慢でなかった人々の歴史を残すこともまた、手賀沼への鎮魂ともいえる。
 時を残すことは出来ないが、形と思いは残り、それを歴史というならば、我々は正に歴史を作っている。正しい歴史というものはないが、遺産を発掘し、語り伝え、後世に送り届けることは、唯一の正しさなのかもしれない。

 大正12年、手賀沼は関東大震災で身震いし、湖底から2艘の丸木舟を吐き出した。縄文時代の船と言われ、そのうちの1艘は我孫子市高野山の八幡神社の壁に吊るされている。浮き上がった当時、8メートルの長さがあったようだが、長い間陽に当たり、激しく劣化した。手賀沼流域の歴史と自然の多くはすでに失われ、またこの縄文の丸木舟のように失われようとしている。

 しかし、辛うじて形と命を保っているものもある。
 今はまだ遅くない。残されたものをどう生かし、未来につなぐことが出来るか、私たちは、それを問われている。

 手賀沼とその流域の歴史と環境を研究し、発掘し、聞き取り、それを後世に残していきたい。当会は、そのことに賛同する者の集まりである。

2009年7月26日




2009年度活動記録

【5月10日(日)】
準備会議(中村順二美術館):参加11人
【6月19日(金)】 
柏市北部の戦跡めぐり:参加14人
【7月3日(金)】
柏の葉の詳細を調べる:参加5人
※保存状態の良い掩体壕を見つける
【7月4日(土)】
遺構踏査:参加1人
【7月7日(火)】
遺構を調べる:参加2人
【7月25日(土)】
柏の葉周辺掩体壕踏査:参加6人
【7月26日(日)】
設立総会(中村順二美術館):参加8人
【7月28日】
遺構踏査:参加1人
【8月2日】
周辺地域の聞き取り:参加1人
【8月3日】
聞き取り:参加1人
【8月23日】
聞き取り:参加1人
【8月26日】 
暑気払い(柏市銀座通り):参加6人
【9月7日】
柏の葉・遺構を調べる:参加3人
【9月15日】
図書館で記録を調べる:参加2人
【9月17日】
柏の葉を調べる:参加1人
【9月26日】
会議(中村順二美術館):参加8人
①柏の葉周辺の掩体壕、②柏市大井の歴史散歩、③今後のこと
【10月5日(月)】
「旧飛行場掩体壕等戦跡、及び現代史関係調査の要望書」を柏市長、教育長あてに提出
参加:8人、柏記者クラブで会見
【10月6日(火)】
東京新聞に「掩体壕の調査・保存要望」の記事掲載
【10月20日(火)】
千葉日報に「掩体壕の調査・保存要望」の記事掲載
【10月22日(木)】
歴史散歩準備:中村順ニ美術館ほか。参加4人。
【11月8日(日)】
大井村の歴史散歩:参加28人。後、定例会議:参加10人
【12月13日(日)】
研究会「柏周辺の軍事遺跡について」 参加19人
定例会議、懇親会
【2010年1月6日】
防研・図書館 参加1人
【1月18日】
松葉第1小学校のコンクリート管(遊具・土山)取材。参加:1人
【1月20日】
千葉県東葛地域整備センター・柏区画整理事務所、柏市教育委員会と面談。参加:2人
【2010年1月24日(日)】
柏の葉周辺・調査:参加9人
定例会議(中村順二美術館):10人
【2月27日】
定例会議(柏市中央公民館)。参加4人
【3月16日】
開墾碑めぐり準備。参加2人
【3月21日】
開墾碑めぐり:参加14人
【3月28日】
定例会議(柏市役所沼南庁舎)。参加6人

(2010.3.28)

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