高射砲第二連隊・訓練棟「特別公開Ⅱ」を開催します

柏市根戸に残っている、高射砲第二連隊・訓練棟(照空予習室及測遠器
訓練所)の第2回特別公開を、柏市教育委員会の協力で開催します。当ク
ラブ・高野台町会共催。
※柏市教育委員会が3次元測量をもとにしてつくった、訓練棟のコンピュー
ターグラフィクス(CG)の試作版をご覧いただけることになりました。数分間の映像
ですが、訓練棟の構造・用途がわかりやすく表現されています。

日時:2016年11月5日(土)・6日(日)10時~16時:雨天決行
場所:柏市根戸443-2 (高野台会館の隣)
入場料:無料
内容
◆ 訓練棟 室内公開
◆ 小澤武明氏コーナー(元陸軍造兵廠少年軍属)
◆ 柏市内の戦争遺跡パネル
◆ 訓練棟・掩体壕の模型
◆ 柏の葉地域の秋水燃料庫の紹介
★「我が家に残る戦争遺品コーナー」を設置します
 家庭に残る戦争遺品を、当日会場へお持ちいただけませんか?召集令状、
軍事郵便、軍人手帳、千人針、慰問袋、防空頭巾…戦争のあった時代や
生活を物語る品々です。許可いただけるものは展示させていただきます。
なお、持ち寄り展示のため、持参品は各自でお持ち帰りくださいますよう、
お願いします。

【高射砲第二連隊・訓練棟とは】
訓練棟(照空予習室及測遠器訓練所)は、昭和10年代前半に建てられた
高射砲連隊特有の建物です。現在国内に残っている同じ用途の建物は
2棟、クレーン支柱がある構造になると国内唯一という大変貴重なもの。
ただ、老朽化のために取り壊しの予定で、私たちは資料館としての保存・
活用を要望しています。

訓練棟おもて(ブログ)

訓練棟裏面(ブログ)

【訓練棟の場所】
訓練棟地図(ブログ)
▲駐車場はありません。JR北柏駅から徒歩(約15分)、またはバスを
ご利用ください。最寄りの停留所は「布施入口」です。





(2016_9_21)
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訓練棟公開に300人が来場

 柏市根戸・高野台町会との共催で11月28日(土)に実施した「高射砲連隊訓練棟の特別公開」に、約300人の方が参加されました。
会場には、訓練棟や掩体壕(えんたいごう)の模型、写真やパネル、ユネスコの世界記憶遺産に登録された木内信夫氏の絵を展示。また木内氏、調査をされた金出ミチル氏、柏市教育委員会文化課の小宮山勉課長も来場され、ご挨拶や建物解説をしていただきました。
 普段は閉鎖されている訓練棟ですが、特徴ある外観は道からでも見ることができます。記事末尾に地図を掲載しますので、近くに行かれた際はぜひご覧ください。

■高射砲連隊訓練棟の特別公開(高野台町会と共催、柏市教育委員会協力)
訓練棟公開1

訓練棟公開2
▲参加約300人

■柏北部の戦争遺跡めぐり(首都圏形成史研究会と共催)
戦争遺跡めぐり
▲参加21人
解説  小林正孝氏
流山おおたかの森駅→(バス)→柏飛行場正門→開墾碑→掩体壕(こんぶくろ池自然博物公園内)→柏の葉・秋水燃料庫(埋め戻されているため実物の見学は不可)→昼食/柏の葉キャンパス駅→(バス)→花野井・秋水燃料庫→(バス)→根戸・高射砲連隊・歩哨所→高射砲連隊訓練棟 

■ミニ・シンポジウム「首都圏と軍隊」研究の成果と課題に関する報告
(首都圏形成史研究会と共催)

ミニシンポ
▲参加42人
報告
・櫻井良樹氏(麗澤大学):柏の軍事遺跡から考える
・吉田律人氏(横浜開港資料館):「首都圏と軍隊」の現在
・土田宏成氏(神田外語大学):今後考えられるいくつかの論点
コメンテーター/中野良氏(国立歴史民俗博物館)

マップ
▲高射砲連隊・訓練棟(柏市根戸)




(2015_12_2)



歩哨所の移設完了!

高射砲第2連隊の歩哨所の移設が昨年末、完了しました。柏市による工事は12月26日に行われ、太平洋戦争時に高射砲第2連隊があった、柏市根戸高野台の公園へ設置。この公園には同連隊の正門も保存されており、今回歩哨所が加わったことで、完全とは言えないまでも当時に近い形で保存できることになりました。

今回の移設・保存について、12月28日の朝日新聞ちば版に記事が掲載されました。
歩哨所設置1(ブログ)
▲コンクリート製の歩哨所はクレーンで運び込まれた(2012.12.26撮影。柏市教育委員会提供)

歩哨所設置3(ブログ)
▲歩哨所は正門と並んで設置された (2013.1.9撮影)

               (2013年1月14日 事務局)

高射砲第2連隊・歩哨所の保存のための寄付金を贈呈

当会から柏市へ20万円を寄付 
 太平洋戦争時、富勢村根戸(現柏市根戸)にあった高射砲第2連隊の歩哨所保存のために、当会では昨年10月から寄付金を募集しました。会員の皆様のご厚意が集まり、2か月間で寄付金額が20万円となったため12月18日、柏市へ贈呈しました。
 当日は、上山和雄代表(國學院大學教授)、青山茂副代表、櫻井良樹監事(麗澤大学教授)、事務局から岸本さんと浦久の計5人が会を代表して秋山市長にお会いし、贈呈。その際、柏市の戦争遺跡の説明や「江戸時代から現在まで、ダイナミックに変貌をとげた柏の歴史を、柏の子どもたち・市民の方々、市外・県外の人にも知ってもらいたい」と話し、「戦争遺跡を活用して、史跡めぐり・ウォーキングのコースをつくってはどうか」など、いくつかの提案をしました。
 今回の歩哨所の移設・保存に関しては、当会のほか市内2団体からも寄付が集まり、市民側から柏市へ合計約25万円が寄付。その動きをうけて柏市も補助をし、歩哨所の移設・保存が実現しました。
 なお、柏市から会へ「お礼のことば」をいただきました。併せて掲載します。

寄付金贈呈2(ブログ)
▲上山代表から秋山市長へ寄付金を贈呈

お礼の言葉2(ブログ)

【お礼のことば】
手賀の湖と台地の歴史を考える会代表 上山和雄様 
 このたびは、根戸高野台に所在した陸軍部隊の歩哨所の移設及び保存・管理のために、多額のご寄附を賜り、厚くお礼申し上げます。
 市といたしましては、今回の移設保存に限らず、柏市の歴史を語り伝える多くの文化財の保存・活用に、より一層努めることで、ご厚意に報いたいと存じております。
 今後とも、ご支援ご協力を賜りますようお願い申しげます。
    平成24年12月18日    柏市長 秋山浩保

戦跡説明(ブログ)
▲秋山市長に柏市の戦跡の現状を説明し、今後を提案

(2013年1月14日 事務局)

高射砲第2連隊とは

高射砲第2連隊(東部七七部隊、近衛師団所属)とは

 昭和12年10月、野戦重砲兵第8連隊を母体として市川市国府台に新設され、翌年11月東葛飾郡富勢村根戸(現柏市)に移動した。太平洋戦争勃発直前の16年11月、連隊本部を始め主力は東京世田谷に移動(この際、防空第2連隊と名称変更)。さらに、19年4月、再度名称変更を行い高射砲第112連隊となった(終戦時の本部は祖師谷)。
 根戸には、高射砲第2連隊の補充隊(補充隊と称したかは不明)が残ったが、18年にはすべての高射砲補充部隊は解散。その任務は関係防空部隊き下(指揮下)の改編(新編)部隊に継承された。
 高射砲第2連隊は、陣地を固定した部隊ではなく(固定陣地もあっただろうが)、いすずやフォード等の大型トラックで高射砲を牽引した機動性のある部隊。日本陸軍では珍しい機械化部隊のひとつであったと言えよう。

※根戸の連隊跡地には留守近衛第2師団の歩兵および工兵の補充隊が入ったが、これらの部隊は、20年に東京師管区歩兵第2補充隊(東部83部隊)と東京師管区近衛工兵補充隊(東部14部隊)と名称を変更。
※終戦時柏には第111高射砲連隊(終戦時の本部は埼玉県安行村)第1大隊の第4中隊が配置されていた。中隊なので、規模はあまり大きくなかったと考えられる。   ( H.K.)
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